monolog

いつかは消えてしまうかもしれない想い、場所、出来事の記録の日々
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鈴木清順監督



今、年月を眺めてビックリしています。
だって、『ピストルオペラ』を観に行ったのは16年も前のことだったなんて・・
いや、もう、正直、そんなに経っていたとは感覚なさすぎました(苦笑)
この映画はなんの前情報もなくただただ鈴木清順監督の映画が早く観たくて
初日に渋谷か新宿(記憶曖昧、たぶん渋谷)に観に行くと
偶然にも観た回が舞台挨拶の回で、そのことを事前に知らなかったから
とても得した気分になったという記憶が残っています。
それなのに肝心の鈴木監督の印象がぼんやりしてしまっている。
きっとアタシの視線は永瀬さんにくぎづけだったのだと思われ・・
生で観た永瀬さんの佇まいやら声やら立ち姿やら何やらもうすべてが
めっちゃくちゃカッコ良くて心拍数あがってしまって夢中だったので
登壇してくれた鈴木監督や江角さんや韓さんの印象がぼんやりで
あぁ、こんな時にどうしようって感じです(ゴメンナサイ・泣笑)

でも、一番心に残っているのは映画そのもの。
あの時、ひさしぶりに清順映画を観た興奮は今でも憶えている。
まるで絵札のようにめくるめく美しい映像が遊びをしかけてくるようで。
どうせ映画なんだから遊びましょう、って感じでワクワクしたあの日。

大好きでした。
きっとご飯を炊くたびに『殺しの烙印』を観たくなるし
「サラサーテの盤」の表紙に『ツィゴイネルワイゼン』を思い浮かべ
ほおずきをみたら、あぁ『陽炎座』だ・・となり
数々の鮮やかな場面が脳裏に流れ、時には思わず笑ってしまう時も。
そんな気持ちにさせてくれる映画をたくさん、たくさん生んでくれたこと・・
忘れません・・

ありがとうございました。

そして、さようなら。



・・・追伸

アンジェイ・ワイダ監督

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今年ほどひとつの時代が終わっていくのだなということを
身に沁みて感じることが多い年はないかもしれません。
子供の頃から馴染みのある人達が旅立ってしまいます。
先日の9日の日に、アンジェイ・ワイダ監督が逝ってしまいました。
やはり、アンジェイ・ワイダ監督といえば『地下水道』 『灰とダイヤモンド』と
声に出してしまうくらい、この2本は特にスゴイ映画なのだけれど、
なぜだかアタシは『夜の終わりに』がとても好きなのです。
確か、テレビで観たんですよ、古い映画にハマっていた時に
深夜の映画劇場かCSか何かで放送しているのを
なんとなく流し観していたら、とても好きな空気感で
しばらくこの映画のことばかりを話していました。
劇中に流れるジャズや、ふたりで過ごしている雑然とした狭い部屋や
「かきたまタマゴ」という字幕に思わずクスリと笑ったり。
それから何年も経ってから、新しく発売されていたDVDを買って
先日観直してみたばかりでした。
字幕は「かきたまタマゴ」から「スクランブルエッグ」になっていて
ちょっぴり残念です・・(笑)

映画が好きだとはいえ、一度か二度観たら、そのままということが多い中で
同じ映画を何度も観たくなり、実際に定期的に何度も観てしまう映画は
ありそうで、そんなになかったりする。
その中の1本が、アンジェイ・ワイダ監督の『夜の終わりに』
何気ない映画だけれど、何度も観てしまう映画です。



心に残る数々の映画たちを、ありがとうございました。

さようなら。

合掌。

アッバス・キアロスタミ監督

アッバス・キアロスタミ監督まで逝ってしまった・・・
新作も撮影予定があったものの、がん治療中に旅立ってしまった。

子供の頃から見つめてきたもの、そういうものを生んでくれた人たち・・
そんな人たちが、次から次へと去ってしまう
何かが自分の中で終わって行く気がした。
映画は何度も繰り返し再会出来る・・確かにそれは少しの癒しになるけれど、
でも、新しいものはもう観ることが出来ない。
そう思うと同じ場所をぐるぐるまわり続けるみたいで
なんだか悲しい気持ちになってくる。
いっそ、何も残してくれなければよかった。
そうしたら、きれいさっぱり忘れることができるのに。

それなのに、残してくれた映画たちは何度も再会したくなるものばかり。
とりわけ『桜桃の味』がとても好きだった。
映画の中に出てくる夕陽にあれほど泣けてきたことはなかった。
忘れることなど、できない。


イランの巨匠アッバス・キアロスタミ監督が死去 スコセッシが追悼 : 映画ニュース - 映画.com









さみしくなります・・

合掌。

マイケル・チミノ監督・・

今年はサヨナラする事が多すぎる・・
マイケル・チミノ監督・・

特に『ディア・ハンター』が好きでした。
人の哀しさ。スクリーンに焼き付けられた名作、傑作。


数じゃない。
色褪せない心に残る映画たちを、ありがとうございました。
何度も再会します。

さようなら・・

合掌。

Impossible is nothing





もともとステキな歌だけれど、町山さんの話を聴いて
歌の本当の意味を知ってからホイットニーさんの歌を聴くと涙出てくる・・



天国で再会しているでしょうか・・
そんなところないけれど、今はそう思いたい・・




しつけ

「偶然重なったとしか」─ | 朝日新聞デジタル

無事でよかった・・そして、だからこそ言えること
今回、あらためて「躾・しつけ」ということについて思う。
しつけとは何だろう。たとえ、自分の家族といえども難しいし、
しつける側が感情的にならずに冷静にしていないと怖いことになる。
(そもそも、昔から、アタシ、躾という言葉が嫌いだった・・)

恐怖でわからせるというのはしつけではない。それはただの脅しだ。
確かに石をぶつけることはいけないけれど、どうしていけないのか、
もしも、自分がいきなり、石をぶつけられたら、どんな気持ちになるのか
ということを何度も何度も頑張って伝えてこそ、しつけなのではないか。
意味もわからず、ただ恐怖でダメだと伝えるのは
石を投げると恐ろしいことをされてしまうという記憶しかなく
その恐ろしいことをされない人や場所では、再び石をぶつけてしまうかもしれない。
心配なのは、未だに日本は親や家族という存在が重視されてしまうこと。
今後、どれだけ、大人が彼に優しく接したとしても、表面上は仲良く出来ても
「二度捨てられた」という恐怖や孤独の記憶は永遠に残るというのに
このまますぐに、そこに帰して大丈夫なのだろうかと考えてしまった。

家族というのは平和ではない。そこはひとつの社会になっていて
どんなに幸せそうに外側から見えていても、その中で生きていかないと
わからないこともたくさんあるし、生きているのは感情があるのは
大人だけじゃなくて、子供も感情や意見があるということを忘れないでほしい。
実は離れたり解散して二度と逢わない方がお互いにうまくいく時もあるのだと
そういう選択もちゃんと存在していてくれないと帰る場所が
そこしかないというのも、絶望を感じる人もいるのだと、
そこを理解してくれる人があまりにも少ない気がしている。
余計なお世話かもしれないけれど、ちょっと心配になってしまう。

とはいえ、彼是色々自分の意見が言えるのも
少年が無事で(無事にって言葉もちょっと変だけれど)いてくれたから。
生きていてくれて、ありがとう。よかった、本当によかった。

さようなら、忘れません・・

昨日もこんな夜明け後の朝までDVDを引っ張り出してきて
幻に心もそぞろ狂おしのわれら将門」を観てしまった。

蜷川幸雄さんが逝ってしまった。

蜷川さん演出のものをたくさん観ていたわけじゃない。
そして、観たものがすべて好きだったわけじゃないけれど、
でも、蜷川さんが演出したのかと思うと、
それだけで、胸が高鳴るような存在だった。
演劇を観続けていた時には歩けば必ず何かにあたるように
「演出・蜷川幸雄」という文字を観なかった時はなかったくらいのペースで
いつも走り続け、作り続け、発信し続けていた方だった。
ずっと何年も長いこと観ていなかった時も、
彼はきっと休まず作り続けていたのだろうし
チケット代がないのでなかなか観に行けないけれど
少し前から観劇に再熱してたまに行くと相変わらず
山のようにもらう速報や次回公演のお知らせのチラシの中には
必ず蜷川さん演出の名が何枚もはいっていた。
まるで、呼吸と同じように。当り前のように。

そういえば、ふと、思い出すのは今から3年くらい前のKAATで
唐ゼミの「唐版 滝の白糸」が上演されていて観に行った時、
蜷川さんにそっくりな方がいた。とても似ていて、その方は
「ここは席がつながっているんだね」って少し苦笑いのような
でも、ちょっと楽しそうに言って連れの方と座って観ていらした。
心の中で、あれ、もしかして蜷川さん?って思ってしまったくらい
本当にそっくりで。こうして思い出しても、
ただ似ていただけの全然違う方だったはずなのに、
なぜか、アタシは、今でもドキドキしている。
たとえ、人違いでも、ドキドキさせる蜷川さんという存在。
あの時ちょうど同じくらいの時期にコクーンで
まさに蜷川さん演出のものが上演されていて
多くの人はそっちを観に行っていたのですよね。

さようなら・・
心に残るというよりも、心の奥に焼きつくような数々の舞台。
忘れません・・忘れたくても忘れることは無理でしょう。
言葉にできない、色んな思いがあふれるけれど
今はただ、どうか、どうか、安らかに・・

合掌。

地震

また大きな地震。小さな島国、日本は本当に
地震列島だなと、しみじみ思ってしまいました。
熊本の地震がおきる少し前に、この辺でも、
どーんというイヤな揺れ方をしていたんです。
速報をみると直下型地震だったので、
こわいなって思っていた矢先だったので・・
今、こうしている間も熊本の方では余震も続いているみたいで、
不安で心配な時を過ごしていることと思います。
被害がこれ以上広がらないことを願うばかりです。
どうか一刻も早くおさまってほしいと思うばかりです。




















シマウマ

何かあると必ず関係者の対処に問題はなかったという言葉が飛び交う。
でも、問題があったから命が失われたのではないか。
誰かを責めたいわけじゃないし、たらればを言ってもしかたがないけれど、
やはり、あまりにも、かわいそうだった・・という言葉を発したくなるのです。
そもそもシマウマは本来野生の生きものなのに農場や動物園にいることが
人間の傲慢さや命を展示や売りものにする身勝手さで異常なことなのに
その上、今までの環境が変わることへの不安でパニックになったのでしょう。
怖くて怖くて逃げ回り、追い詰められて死んでしまった。
素人が何を言っても仕方がないと言う人もいるけれど
だってさ、誰が考えてもゴルフ場に逃げてくれたんだから
むしろ、街中で逃げ回らないだけでもラッキーじゃないの。
あんな風に追い詰めないでゴルフ場を使う人たちには何日か我慢してもらって、
もう少し、時間をかけて優しくゆっくり落ち着かせて
連れて帰ることは出来なかったのかと何度も何度も思ってしまうのです。
警察官とか、無理でしょ、専門じゃないんだもん。
なんだか場当たり的に始動したという感じにしか観えなかった。
時間をかけてご飯をあげてみるとか網を安全な場所ではっておいて
シマウマの専門の人を呼んでとか、もっと、もっと対処の仕方があったと思う。
かわいそうに。逃げて逃げて、走って走って、溺れて死んでしまった。
どこで生まれたコなんだろう。何を思っていたのだろう。

『マラソン』という映画にあったシマウマの一節。

アフリカのセレンゲティ草原には
数万頭の草食動物が
群れを作って暮らしています
動物は毎年つがい相手を見つけ
子供を産みます
向こうに生まれたばかりの子供と
母親のシマウマが見えますね
これから子供に
野生で生きていく方法を教えるのです
野生で生き残るのは簡単なことではありません
子供たちの周りには
たくさんの危険が待ち構えているからです
でも、セレンゲティ草原は
地球上に残された数少ない野生動物の天国です
その中で動物の母親は子供に
自由に草を食べさせ走らせることができます
遠い昔は地球全体が
野生の草原だったのでしょう



人間はたまたま同じ地球に生きているだけなのに
どうして他の命を支配したがるのだろう。
馬も犬も猫も他の動物たちも、みんなそれぞれ
好きな場所で生きればいいし好きなだけ生めばいいのに
地球は誰のものでもないし、誰のものでもある。
人間だけのものじゃないでしょ、ここは。
どんな命でも生きたいと思って生まれてくる。
せっかく生まれてきたのに、閉じ込められる命。
最後に思いっきりシマウマらしく走ったのが
こんな形になってしまうなんて。
最後まで怖い思いをさせて逝ってしまった。ごめんね、ごめんね。
人間がいつも酷過ぎるよね。
いつまで命を支配したら気がすむのだろう。
いつまでこんなことやっているのだろう。

«脱走シマウマ、麻酔で倒れ池でおぼれたのが死因»

台湾、加油






台湾の南部での大きな地震、映像や画像を観ると心配になります。
3.11の時にとても助けてくれた台湾でのことなので
(もちろん台湾だけではないけれど)
すぐに募金などをしようとしてしまう気持ちになりがちだけれど
募金などはもうすこし様子を観てからの方がいいと思うのです。
とにかく確実に必要なものを確実な所を経由して送りたいのです。
今は祈ることしか出来ないけれど、
どうかこれ以上被害が広がりませんように・・と願う気持ちでいっぱいです。

加油、台湾!

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